近頃つくづく感じることがある。
カーナビがあれば、見知らぬ土地にも迷わず
行ける。だが、それがなければ、近所ですら
道に迷うことがある。バックモニターが
あれば駐車は容易だが、代車に乗り換えると
それがないと急に心もとなくなる。
かつては、行き先を事前に調べ、道順を頭に
入れ、距離感や感覚を身体に染み込ませて
いた。今は、その役割を便利な機械が
すっかり肩代わりしている。
人とのやり取りも同じだ。
以前は顔を合わせ、表情や声色を読み取り
ながら、次の言葉を選んでいた。今では、
効率化の名のもとに、文字だけで用件を
一方的に送ることが増えた。顔文字や
スタンプはあるが、ほんの少しの表情の
揺らぎまでは伝えきれない。
不便さの中にこそ、話し合い、協力し、
助け合う機会があった。
便利さを追い求めるあまり、その土台となる
人だけが待つ力を手放してはいないか!
このまま便利さを求めていくと、私たちは
未来でも本当に意志を通わせることができる
のだろうか?